「Torinoといえば…。」 レトロモビルの翌週、イタリア車、フィアットやランチアの故郷、北イタリアはトリノの街でこれまた旧車のショーがおこなわれた。 アウトモトレトロ。その名も直球、車と二輪の旧車蚤の市。 特に渋いイタリア車本体やパーツの売買がおこなわれることで有名だった…。 「だった。」というのも、やはりここトリノもパリと同様、昨今の異常なマーケットの動きを反映していたのは明らかに明白だったのだ。 入場まで30分近くかかったのも、これまでの「市」と明らかに異なる何かを示していたのかもしれない。 さて、トリノといえばFIAT。そのFIATの旧本社&工場であるリンゴットと呼ばれる建物は、今ではショッピングモールやホテル、こうしたイベントをおこなう場所と…
「Retromobile 3」 レトロモビルの魅力は、なんといってもパリという街で行うということに尽きるだろう。 パリという街の引力はいつの時代も強力で、たとえそれが2月の厳冬期だとしても霞むことはない。そもそもパリって街は何かこう、ディズニーランド的な「楽しげな空気」に溢れている。私はフランス語は二言三言しか喋れないし、そもそもかつてはつっけんどんだったフランス人に、思わず身構えてしまうことすらあった。 しかし、それでもなんとなく道行く女性が素敵に見える感じとか(完全なる色メガネ)、カフェでグダグダしている姿すらオシャレに見えてしまう感じとか、とにかく何か楽しいのだ。 フランス料理など、正直3日続けて食べられたら思わず拍手したくなるほど、それはそれはボリュームとパンチがある食事であり、当地で日本食がブームなのも頷けるほどの「重さ」がある。それでも、何か得も言え…
世界各国のクルマとその文化、風俗、流行などを 「ごった煮」にしてお届けする「Bollito Misto!」東京とフィレンツェをせわしなく行き来するコレツィオーネ特派員Nが語る。 「Retromobile 2」 前回に引き続き、パリの自動車イベント「レトロモビル」について。 日本で騒がれているテロ。しかし実際は拍子抜けするほどの平和っぷりで、 タクシーの運ちゃんなども「誰が騒いでるのかねえ…。」とどこ吹く風。 実際は何かしらの変化があるのかもしれないが、実は滞在中かなりの距離を街中を練り歩いてみたが、それでもなにかしら物騒なものを感じることは叶わなかった…。 それはともかく、レトロモビル。前回はメーカーのブースについての話を少々述べたが、レトロモビルのもう一つの(というか本来の)目玉はパーツと中古車の蚤の市。 今や、ドイツのエッシェン、イタリアの…
世界各国のクルマとその文化、風俗、流行などを 「ごった煮」にしてお届けする「Bollito Misto!」東京とフィレンツェをせわしなく行き来するコレツィオーネ特派員Nが語る。 「Retromobile」 パリの自動車イベントに来ている。 それもパリ・サロンでなく、レトロモビルにだ。 テロがらみで物騒なことになっているパリだが、ちょいと別件の仕事があるので二年ぶりにフランス最大級の旧車イベントにやってくることとなった。 なぜ、そこまでしてこのイベントに遥か遠く日本から出かけるのか? そりゃ答えは単純。楽しいからだ。 日本で想像する自動車のイベントとは違い、いつも何かハッとさせられるところがある。 その名前からも容易に想像することができる「レトロモビル」は旧いクルマを主とするお祭りで、今年で実に40回目を迎える伝統ある行事。 会場はパリ・サロンが…
世界各国のクルマとその文化、風俗、流行などを 「ごった煮」にしてお届けする「Bollito Misto!」東京とフィレンツェをせわしなく行き来するコレツィオーネ特派員Nが語る。 「私をスキーに連れてって」 寒中お見舞い申し上げます。 前回のバブルつながりになるが、バブルの冬といえばスキーを思い出す。 苗場にニセコに、なにやら浮ついたスキーリゾートが乱立まくっていたのもこの頃。 関越にできたリゾートマンションなど、今はタダみたいな値段で購入できるらしい…。(買うのは安くても管理費がすごいらしいが。) 誰もが週末ともなるとスキーに出かけた時代が今では懐かしい。 今「私をスキーに連れてって」なんていう子はいないんだろうが、まあ、もったいない話だ…。 さて、ヨーロッパの冬といえば、ある意味日本どころではない厳しさがある。 だからこそ楽しむのだろうが、イタリアの冬は決まって雪山へGO…
世界各国のクルマとその文化、風俗、流行などを 「ごった煮」にしてお届けする「Bollito Misto!」東京とイタリアをせわしなく行き来するコレツィオーネ特派員Nが語る。 「ちょっとバブってる?」 思えば、それは夢のごとし…。 バブルの狂乱から早四半世紀。よくもまあ、あんなに肩パッドが入ったジャケットなんか羽織っていたなと感慨も深いところだが、狂乱の時代であり、また日本がすごく元気だった頃であったことは間違いない。暗黒の90年代中盤、ITバブルでちょっと持ち直した人もいたが、サッカーW杯の共催や冬季オリンピックがあったにもかかわらず、どうにも煮え切らないまま大震災…。 正直、海外にいてよかったと思ったことも多々あったものだ…。 ところが、である。 昨年ころからか、やはり東京オリンピックが決まってからなのか、にわかに夜の街のにぎわいが戻り、震災以降足が遠のいていた観光客も…