Vol.170 今度はディエゴが…。

世代なのか…。
エディ・ヴァン・ヘイレンに続いて、今度はサッカーの大ヒーローがこの世を去ってしまった。
アルゼンチン永遠の10番、ディエゴ・アルマンド・マラドーナ。

近い世代なので、彼の全盛期を常に目の辺りにしてきたが、今でも大好きなサッカーにおいて、やはり彼ほどのインパクトを持った選手に出会ったことがない。

まさか今ほど世界中のリーグで日本人が活躍するなど、夢にも思えなかったあの頃。せいぜいNHKかテレビ東京の番組でしか海外サッカーなど取り扱わなかった時代だった。

マラドーナの伝説は今またここで書いても仕方がないので、詳細は他に譲るが、あまりにスゴいそのプレーは、実況のアナウンサーが期せずして伝説の名実況と後に呼ばれてしまうほど神がかっていた。

かくいう私も86年のW杯の準々決勝の対イングランド戦は生で観ていた。
翌日の高校の運動場にいったい何人のマラドーナが、自己実況でプレーをしていたかわからないほどだった。

ライブであの瞬間も見られた幸せは、本当に宝物だと思っている。

時は流れ2002年の日韓共催W杯の時は、グループリーグ突破があやしいアルゼンチンを励ますために、ディエゴが仙台のスタジアムに来るとの噂を聞きつけた私と友人は、大枚をはたき会社をさぼり、仙台の対コロンビア戦を観に行った。そこには、かつて衛星中継で名物おじさんとされたディエゴのTシャツを来たオヤジもおり、酒を飲みながら談笑をした。

曰く「俺の誇りはあの日あの時アステカスタジアムに居られたことだ」と。

いいこと言いやがる。

ちなみに、もちろんディエゴは来なかった。

サッカーレジェンドといえば、ペレかマラドーナかと言われるほどの2大巨頭だが、その一角が早々と居なくなってしまった。

 

すっかり丸々としてしまい、往時のたくましさが亡くなって久しいマラドーナだったが、トラウマのように刻まれた彼のプレーは永遠にわたしの脳裏に焼き付いている。

またしてもR.I.P.を言わねばならない。
あの世でまたスゴいプレーを見せてください。その節はよろしくおねがいします。

 

A prestissimo!!