Vol.152 あおり運転について考える その2

 

今更言うほどのことじゃないけど、公共の道路を使う以上、歩きだろうが、自転車だろうが、バイクだろうが車だろうが、トラックだろうが、みんなが使う道路なので、それぞれがお互い様って状況が基本である。

 

急いでいる人もいればのんびり走りたい人もいる。速く走ることのできる人も遅くしか走れない人もいる。そういった人々が渾然一体となっているのが道路ってやつだ。

だから、急いでいる人もそうでない人も、お互いに気をつけ「自分のペースを乱さない」というのが基本的には安心と安全を確保できるベースになる。

 

原理主義的な人が、やれ制限速度以下なんだから、それを少しでも超える人が間違っている的な話をするが、それは罰則規定であり法的な問題である。道路上の基本的なマナーとは人間の気持ちをどう穏やかで健やかにするかのものである。昔いた会社だったら、こういった法改正があるとすぐに食いついて巻頭特集で徹底批判しただろうなあ…。

 

 

それはともかく、ここでわざわざ書く必要もなく、みなさんも路上における空気を読まない安全運転ならぬ「漫然運転」で迷惑をかけている人をよく目にすると思う。大概の場合スマホをいじったりして気づくとスピードを上げたりする人だっている。
子供のわがままを叱りながら前方不注意なお母さんもよく見かける。

 

 

ドライバーは前後左右に注意を配り、道路上のマナーを守り、そのときどきの「空気をキチンと読んで」運転するのが良しなのは言うまでもない。

 

普通なら、パッシングなど必要なく後ろから接近するだけで、健全なるドライバーなら進路を譲る。それがたとえ一車線でも譲る人は譲るし、私もそうする。トイレでピンチの人もいるかも知れないし、出産間近の妊婦が病院に急いでいる場合だってあるかもしれないからだ。そういう機微こそがドライバーのマナーってもんだ。

 

ゆっくり走りたいのも飛ばして走りたいのも、その人のわがままだからだ。
今はなくなってしまったが、昔は表紙の写真のように40高中」という

 

暴走車がぶっ飛ばして来るなら、道を譲ればいい。それで崖から落ちても、それは自己責任。変な原理主義で頑なに道を譲らず、結果絡まれたり、ぶつけられたり殴られたりしたほうが、よっぽど嫌だし損だ。

 

起きた事故をさばく際にこの法改正は有効だろうが、これを盾におかしな訴訟などが起きないようにとにかく祈るばかりだ…。
満員電車にバンザイポーズで乗車しなきゃいけない日本のお父さんの二の舞はごめんだ。

 

 

※表紙の写真は昔なつかし高速車、中速車、低速車に分かれていた頃の道路標識です。
日本を代表するギタリスト高中正義氏の名盤、必聴です。

 

それではまた近々

 

 

A Prestissimo!!