はじめてのクルマ。
はじめてのイタ車。
確かに、他ならぬ思い入れもあった。もはやいろんな思い出だってある。
だけど、せっかくのカッコイイ車をこのままぶざまな姿で乗りたくない…。
そして悩み抜いた挙句、清水の舞台から飛び降りる決心のついた若者に待ち受けていたのが、あまりに残酷な死刑宣告ともいえる冷たいお言葉の数々。
まるで一縷の望みをかけて飛び込んだ病院で、ブラックジャック先生に「治してやるが、5,000万円だ!」って言われた気分である。
いち日のうちに度重なった、泣きっ面にハチともいえる災難の数々。
閉まらないドアを運転する恐怖を皆さんは御存知だろうか?
シートベルトでドアを縛りながら運転する不安さを果たしてご想像いただけるだろうか?
人間追い詰められると、なんでもするんだなあと思ったのはこの時だ。
グラスボートよろしく、自分のお尻の下までオープンカーになった愛車。走りながらバタバタと突然開こうとするドア。
文字通りビビりながら走っている帰路で、目に入ってきたのは整備工場隣接型の国産車のディーラーだった。忙しそうに作業服の工員さんが作業をしている。気のせいか塗装ブースがやけに目立つ…。
きっと目があったんだろう、彼らと。たぶん。美化されていると思うが、私はそのままハンドルを切り、その工場に突入した。
あまりの惨状のX1/9は、瞬く間に工員に囲まれた。するとそこの責任者である専務さんがでてきて、
開口一番「少年どうした!」と。
嘆願するような顔だったんでしょうね。これまでの経緯を説明した。
こんなクルマ捨てちまえ!(そこまでは言われてない)とか、いくら金を積まれてもやらん!とか言われたと泣き言とも告げ口ともとれるような話をした。
その間、板金工のおじいさんたちが、閉まらなくなったドアや、腐りきってるフロント周りを見て腕を組んでなにやら相談している…。
そんな光景を横目で不安に思っていた私の口から出た言葉がこうだ。
「すみません、お金ないんスけど、このクルマ全塗装してくれませんか?」
「いくらあるんだ?」
「20万くらいで…。できれば。あ、バイトしますんで、もうちょっとは出せるかと…。」
しばし私を見つめつつ、工員さんたちに何かを指示していた。
「…。ちょっとよく見てみるから、まずは中で麦茶でも飲んで待っててくれ。」
今じゃ懐かしい国産車のディーラーで、お茶を飲んで待つこと30分ほど。
すると、専務さんがこう言った。
「あんた、このクルマのことが本当に好きなんだな。気は心だ。とにかく、ひきうけてやろうじゃねえか。とにかくできるところまでやってやるよ。」
かくして、天然マットブラックのX1/9は、当時のBMWの純正色「ヘンナレッド」(やや朱色がかった赤)に生まれ変わり、街の視線を集めるまでに至った。(もちろん大げさ)
いま思い出しても泣きそうになる。ありがとう池田自動車!ありがとう池田専務!
それではまた近々!
A prestissimo!!